Latter Days
アイダホの家族に見送られ、モルモン教※の宣教師としてLAにやって来た19才のアーロン・デイヴィスは、そこで他の宣教師達と共に暮らし、布教活動に励むこととなる。彼らの住まいの向かいには、毎晩男と一夜限りの関係を楽しむパーティーボーイのクリスチャンが、仕事の同僚であり親友であるジュリーと一緒に暮らしていた。てっきり大学生達が越して来たと思い、ワクワクしながら挨拶に行くクリスチャンだが、彼らがモルモン教の宣教師だと知りがっかりする。その話を仕事場であるレストランの同僚達に話したところ、ある賭けをすることに。そもそもクリスチャンは男を落とすテクニックに自信があり、ノンケの男でも落としてしまったこともあるのだが、はたしてあの隣人のモルモン宣教師のうちのひとりを落とせるのだろうか?落とせるとしたらどれぐらいの早さで落とせるのか?という賭けであった。そこでクリスチャンが目をつけたのは、一番年下でウブそうな青年、アーロン・デイヴィスだった。モルモン教では様々な規律があり、その中でも同性愛はかなり重い罪となる。全く正反対の生活をしているふたりであるが、お隣同士という生活空間の共有は、日々の生活で何度もふたりを交差させ、アーロンは信仰とセクシュアリティの間で苦悩する事となる。
※末日聖徒イエス‐キリスト教会の俗称
Aaron Davis-----Steve Sandvoss
アイダホ出身の19才。家族の期待を背負って宣教師としてLAに出て来たが、家族のもとを長く離れるのは初めてでホームシックになってしまうナイーヴな青年。映画マニアで映画の台詞を色々と覚えている。
Christian Markelli-----Wes Ramsey
男を落とすテクニックに自信ありのルックス抜群の青年。レストランでウェイターとして働いている。軽薄な人間関係しか築けないで生きてきた。過去の出来事のトラウマで雪が嫌い。
Julie Taylor-----Rebekah Jordan
クリスチャンのルームメイトで同じレストランで働く同僚であるが、歌手を目指して日々活動している。クリスチャンの良き理解者であるが、アーロンを落とす手伝いをしたりと小悪魔的な面もある。
Lila Montagne-----Jacqueline Bisset
クリスチャンたちが働くレストランのオーナー。最愛の人が亡くなった時に偶然出会い優しく慰めてくれたアーロンに店の名刺を渡す。
Paul Ryder-----Joseph Gordon-Levitt
アーロンの宣教活動におけるパートナー。常にアーロンとともに行動し、アーロンを見張る役目も持っているが、アーロンの純粋さに親しみも覚えている。ホモフォビア。
Keith Griffin-----Erik Palladino
クリスチャンが参加した、病人に食事を運ぶボランティアで配達を担当したエイズ患者。病気で家にこもる以前は音楽業界にいた。時々他人に触れた時にその人の心が読める……と本人は言っている。
Gladys Davis-----Mary Kay Place
アーロンの母。典型的なモルモン家庭の母親。息子を見送る時には涙を流すなど、息子を愛している。
Farron Davis-----Jim Ortlieb
アーロンの父。モルモン教会にて重要なポストについていて、世間体を第一に考えている。アーロンの問題は、妻グラディスまかせている傾向にある。
- IMDbのLatter Daysのページ
- TLAのLatter Days公式サイト
- Steve Sandvossの公式サイト
- Wes Ramseyの公式サイト
- Gay Mormon Stories(元モルモン信者のゲイたちの体験談など)
このコンテンツはネタバレを含みます。
ちりばめられたミラクル?偶然?
この映画には時々、ストーリーを象徴するようなものが映されたり語られたりしている。それらはもしかしたらこの手のお話にそぐわないぐらい非現実的かもしれないけれど、その意味を謎解く楽しみがある。例えばアーロンがLAに来た時に一瞬映る悪魔とWELCOME TO HELLの文字。アーロンが再びLAにやって来た時のタバコを吸う天使。キースが見た雪の幻覚。クリスチャンのノートの数字のラクガキ。
アーロンとライダーがいつも一緒に行動している理由
宣教師の最小単位のグループがこの先輩宣教師と後輩宣教師の2人組で、常に2人で行動しなくてはいけないそうです。アーロンたちは4人で暮らしていましたが、これはこの2人組が2組集まっていたということですね。そのグループでも、また上下間系があり、リーダーが決まっているそうです。(掲示板のLatter Daysスレッドの、れんさんからの情報を参考にさせていただきました。)
映画マニア
アーロンは映画の台詞をいちいち覚えているぐらいの映画マニア。ただし宣教師をしている2年間は映画を見ることが出来ない。クリスチャンも、どうやら映画マニア。そういうわけで、この映画には色々な映画から引用した台詞がちりばめられている。正反対の2人の共通点もそこか。
アーロンの下着
あの若者とは思えない下着……、モルモンの伝統的な下着だそうです。「Angels In America」でもジョーが身につけていたと思います。(うろ覚え)
Latter Daysのタイトル
モルモン教の正式名称である末日聖徒イエス・キリスト教会を英語で書くとThe Church of Jesus Christ of Latter-day saints
となる。略してLatter Days。なんちて。←ウソです。でも、この名称に引っ掛けてあるのは間違いないです。
空港の雪のシーン
寒そうですね〜。唇なんか紫で、役者さん大変。……って、白い息とかCGだそうで、本当は寒くないそうです。
なんであんな変な空港なのか?
低予算のため、病院を空港に見立てて撮ってあるそうです。しかもその病院ってのが、「Gone, But Not Forgotten」という別のゲイ映画でも出て来た病院で、なんと同じ日にロケをしていたそうです。テロ警戒中のアメリカの空港があんなに無防備なわけないですね。
ライダー役のジョセフ・ゴードン=レヴィット
彼は当初はアーロン役でオーディションを受けていたそうで、この企画に積極的だったそうです。ちょっと見てみたかったよ、彼のアーロン。でもさすが芸歴が長いだけあって、脇役のライダーがただの嫌な奴でないと思わせられるぐらい生き生きしてましたね。
メアリー・ケイ・プレイスの平手打ち
アーロンがゲイであることが受け入れられない母グラディスが、彼に平手打ちをするシーンがありますが、これは予定では胸をドンッとやるだけだったんだそうで、平手打ちはメアリー・ケイ・プレイスのアドリブだそうです。アーロン役のスティーヴはマジで驚いてます。(笑)
クリスチャンの傷の謎
これは本当に初歩的なミスなんでしょうが、お尻に傷を負ったクリスチャンがアーロンにバンドエイドを貼ってもらいますが、まずアーロンはクリスチャンのケツ割れサポーターのヒモの上に貼ってしまっています。しかもその次のベッドに連れていってもらうシーンではバンドエイドが消えてます。
サウンドトラックの曲
ほとんどの曲が収録されているのですが、映画の中でジュリーが歌っていた3曲だけが、別の歌手が歌っています。これはジュリー役のレベッカ・ジョーダンの契約上の都合で、彼女の歌うバージョンを収録することが出来なかったとか。残念。
この「Latter Days」は残念ながら今のところ(2005.9月現在)日本ではリリースされておりません。こちらで紹介しているのは、アメリカで発売されているDVDです。

※画像をクリックするとamazon.comの「Latter Days」のDVDのページへ飛びます。
※「Latter Days」のDVDにはRated版とUnrated版が存在します。こちらのリンクはUnrated版へつながっています。(2005.9月現在)
※こちらのDVDはアメリカ・カナダ向けのリージョン1という設定になっていて、通常の日本のDVDプレイヤーではリージョン2に対応ですので、見られない事が予想されます。DVD購入時には、自分が持っているDVDプレイヤーがリージョン1に対応しているか確認をしておいて下さい。
今のところ(2005.9月現在)日本語翻訳された書籍は発売されていません。

※画像をクリックするとamazon.comの「Latter Days」の書籍のページへ飛びます。
※洋書、ペイパーバック、224p、ISBN: 1555838685
この映画の脚本をもとに『Latter Days』がノベライズされたわけですが、こちらのノベライズの方では、映画では語りきれなかった細かい設定や、カットになってしまったシーンなどが描かれていて、「Latter Days」を見てもっと深くお話に入り込みたい!という人には嬉しいものとなっています。もちろん英語で書かれていますが、むしろ映画で聞き取れなかった台詞を確認するという使い方もできるかもしれないですね。特に読む価値があるのは映画ではあまり出てこなかったアーロンの姉の対応です。映画のままだとアーロンと家族の関係はあれからどうなるのだろうか?と謎のままですが、ノベライズの方ではこの姉の存在がひとつの希望になっているように思います。それから、アーロンの先輩のライダーの過去や、クリスチャンのレストランの同僚のトレイシーの詳細なども描かれています。ライダーのエピではモルモンについてより詳しく描かれています。トレイシーのエピソードですが、彼女は女優を目指してLAにやって来たものの、なかなか芽が出ない。つまり今の自分に満足いってないのですが、そんな彼女が自分にはnicheがないと嘆いて、社会的にマイノリティーである黒人やゲイに「属してるところがあっていいねー」という風なことを言ってしまうところは、自分がカテゴライズされないことに不安を覚える人もいるという一面を示している様でした。それからじつは、ノベライズのラストは本の少しだけ映画と違うんですよ。(笑)
私がこのお話を知った時に、ふーん、ウブな男の子がプレイボーイにつかまって遊びの恋が本気になるのね……と単純にラブストーリーとして捕らえていたのですが、実際にこの話を詳しく知ってみたら、決してただのラブストーリーではなく、信仰との間で悩みゲイとして生きることを選ぶ事、自分が属する社会との関係を描いた作品だと思いました。そんなところに、アメリカの多くのゲイの共感が生まれたのだと思います。日本人には信仰なんてテーマはあまりピンと来ないけど、やっぱりあちらは家族や自分の属する社会に信仰のベースがあったりするので、より身近なテーマであり、なかなか触れるのは難しいテーマで、この映画が公開されていた期間、そしてその後も公式サイトの掲示板では様々な議論が盛り上がっていました。信仰の中で自分を抑制して生きている若い宣教師アーロンと、何も信じずただ自分の若さと魅力の成りゆきで生きているクリスチャンの対比が面白いのですが、彼らに共通する部分というのが、ゲイとして生きることを選んだ部分で、今はゲイだということをオープンにしているクリスチャンでも、幼い頃に自分が男性を好きだということで辛い体験をしたということが描かれています。選んだのではなく元々ゲイなのだ、という意見もあるかもしれませんが、自分がゲイなのだと気がついたあと、どう行動するかはやはり選択の部分もあるかと思います。アーロンの場合は、属する宗派が信仰=社会に属する事なので、自分のセクシュアリティを理由に信仰を捨ててしまうのは、最悪家族との決別にもつながってしまうのですね。私がこの映画がいいなと思ったのは、アーロンは自分の教会を離れても、神の事は否定せずに、自分なりにまだ信仰心を持っていること。自分で咀嚼することなく誰かの解釈を鵜呑みにしてしまう生き方は、ある意味安堵をもたらすかもしれないけれど、手探りでも自分でもう一度咀嚼して自分を見つめてみることは重要ではないかと思うのです。クリスチャンの場合は何も信じない、信条もないところから、アーロンの生き方に刺激され、自分の生き方もじっくり見つめてみることに。自身もモルモンの宣教師を経験した監督の分身はアーロンなのですが、その後ゲイとして生きることにした部分からはクリスチャンのキャラクターにも反影されているのでしょうね。この映画では監督はアーロンに故郷を捨てさせましたが、「メラニーは行く!」の中では、保守的な人々の中でカミングアウトすることなく暮らしているゲイを描いてました。カミングアウトできないという理由もあるかもしれないですが、私にはそのキャラクターはとりたててカミングアウトする必要もなくみんなと仲良く暮らしていたようにも見えたので、これもある意味ひとつの選択を描いていたのかな?という気がします。話がずれましたが、ラストでのアーロンは私には心の底から笑っているようには見えません。考え過ぎかもしれませんが、アーロンにはやはりこれからの人生に対する不安も残っているのだと思います。もちろんクリスチャンという素敵なパートナーが見つかったのだけれど、自分の人生を生きるのは自分。不安になるのは当然ですよね。ギュッと握る2人の手には、その辺の力みもあるかもしれないです。この映画では、孤独に感じているゲイに対してのメッセージがかなり込められているようです。決して「パートナーができて孤独じゃなくなりました、めでたしめでたし。」という単純なお話ではなく、信仰とセクシュアリティの問題を描きつつ、自分の属するところがあるという安堵感など、社会の中で自分の自分の居場所を確認する、もう少し広い範囲での人間のつながりを描いた映画だと思います。もちろんラブストーリーとしても素敵なんですけどね。







