Mar 03, 2008
メゾン・ド・ヒミコ
- Maison de Himiko
- 2005
- Japan
- IMDb
- ゲイが描かれている
- 家族
Story
母親の手術代で借金がある沙織のところへ、かつて自分と母を捨ててゲイバーのママになった父の現在の若い恋人春彦が訪ねてくる。春彦は恋人の卑弥呼が運営しているゲイのための老人ホーム「メゾン・ド・ヒミコ」に高額の給料と遺産の話を持ち出し沙織を雇う。卑弥呼は末期の癌に冒されていた。
Review
映画の冒頭、こんな昔の大映ドラマみたいな始まり方なのっ!?と少し引き、春彦を演じるオダギリジョーがすごい説明調の台詞を話している不自然。ヤバいわ、私はこの映画にハマれないかも?とか思ったのだけれど、それなりに面白かった。オダギリジョーは存在だけで色気があって、立ち姿なんか最高。が、見ている分にはいいのだけれど、どうも台詞をしゃべると、それが長ければ長いほど不自然だったのは脚本が悪いのか、本人が悪いのか……?それも後半どんどん台詞が少なくなっていくし、あんまり気にならなくなったのだけど。私がこの映画に一番期待していたのは、妻子を捨てて水商売の道に入った父卑弥呼と、捨てられた事で父を恨んでいる沙織との関係がどうなるかという事だったのだけれど、ほとんどその部分に深く関わらず、どうも広く浅く描き過ぎたみたいで消化不良。私自身が父との接し方がわからないで生きているので、沙織と卑弥呼の距離は納得できるのだけれど、それにしても描いてなさ過ぎ。沙織と春彦の関係を描く前に卑弥呼との関係をしっかり描くべきだと思うし、春彦と卑弥呼の関係もほとんどわからない。この映画では、卑弥呼はタイトルになってはいるものの、とても影が薄い存在。死にかけているからって、もう既に雲の上の人みたいな扱い。「あなたが好きよ」で人生が包括できるんだろうか?その点、性転換したルビイは正反対に人間味があった。良い所も悪い所も描かれている感じ。この映画の面白さって、ここにある。ルビイ初登場の毒舌は心地よくもあり不快でもある。沙織が怒るのはもっともで、「オカマ」なら毒舌でも許される、という身内ルールを身内以外の人に向けるのだから、ルビイが「オカマ」だろうがどうだろうが、部外者の沙織にしたらTPOをわきまえてない無神経な人。でもここがポイントで、一度メゾン・ド・ヒミコの身内になってしまえば、ルビイの毒舌も可愛く思えるし、ルビイもまた警戒して毒舌攻撃で先制攻撃する必要も無く、きちんと謝ったりなんかしてうち解けられる。メゾン・ド・ヒミコの個性的な人たちと次第にうち解ける事で、沙織は徐々に彼らに理解を示すようになるし、知らないうちに自分もメゾン・ド・ヒミコの一員=身内になっていくけれど、最後の最後で春彦に「部外者」扱いをされた事で、このメゾン・ド・ヒミコという小さなコミュニティがいかに現実的じゃないかを指摘する。沙織は個人レベルではみんなと仲良くして接する事が出来るのに、当事者というレベルになると「理解出来ない者」として排除されてしまい、「ホモのエゴ」と捨て台詞を吐いてしまうのだ。私はこの辺はすごく面白いなぁと思った。なんか触れにくい所をえぐったという感じ。色々なタイプのゲイが出てきているけれど、女性になりたいと思っている人が多いのは世代だなぁとも思う。すぐに大学生のお尻を見たがるお下品な所が描かれていたけれど、あれも身内の中にいるという安心感からじゃないのかな。世間でやったらヒンシュクよね。ところで、醜女愛好家のひとりとして言わせていただくと、柴咲コウ、全然ブスじゃないし。あれでバニーちゃんの面接落とされたとか言われてもなぁ…。化粧とったらブスは当たり前。問題は化粧してもなおブスの場合であって、あのレベルはぜんぜん可愛い。柴咲コウは好きなので、ちゃんとブスだと思って見たけどね。(笑)ピキピキピッキーってホント、バカっぽい。個人的には山崎さんの趣味とお部屋にときめいた。自己表現できる人って素敵。しかし老後の事って心配よね。私は養ってくれる人もいないし、友達とアブファブの老後みたいになってたらちょっと楽しいだろうなぁ。
